タンゴはなぜ、五感を研ぎ澄まして踊るのか?

タンゴは相手と一緒に音楽とステップを楽しむダンスですが、
プラス感覚を研ぎ澄まして踊るとより楽しくなるダンスです。

では、どうやったら感覚が研ぎ澄まされますでしょうか?
私は感覚を司る
五感を能動的に使うのがいいのではないかと考えます。

感覚を考える

感覚は来た情報をキャッチする器官です。
その使い方は、人の命を守るために使われてきたのが
何年、何万年もの間、続いていると考えます。

現代人には、
特に日本人にとって「安心、安全」が
まちづくりや物作りが徹底してます。

なぜ 安心・安全が大事なのでしょうか?
それは、前の時代に安心・安全がなかったからと考えます。
それを確保するためにそのような思想が発達したのではないでしょうか?
特に日本は自然災害にさらされる地域です。
その思いは一層に強くなります。

太古の昔は、この安心、安全は社会で確保するのではなく
個人個人の能力で確保しないといけませんでした。

生きることに全力を費やす。
そのことに使っていた武器が
人の持っている五感です。

原始人の1日の始め

もし、太古の昔、
大自然の中で住んでいる巣(まだ住居がない前)
から外に出た時に何をしますでしょうか?

巣から出る前に 周りに敵がいないか 確かめるでしょう。
匂いを嗅ぎ、目で追い、耳を澄まして音を聞き
ちょっとした空気の流れの変わりを肌で感じ、敵がいないか?探す。

それは命を守るためです。
のんびりと巣からは出れなかったではないかと思います。

また、食料を確保するために 獲物を探すのに
匂いを嗅ぎ、草むらの音に耳を傾け
足跡や すこしの変化を見つけ獲物がいないか探す。

植物とかを食べる時に味見をし毒か毒じゃないか判断をする。

これも命を守るため、また生きるために行ってきたことです。

このことを考えると
五感は人が生きるために使ってきたことがわかります。
その音は小さかったり、匂いもわずかだったりと
その差が小さいとより大きく強く
感じるように器官が発達してきたと考えます。

微差力

現代で小さい差で大きく感じるのは

例えば、ひそひそ話

周りでひそひそ話しをしている人がいると
別に聞こうと思ってなくても断片的に聞こえてきたりします。

暗闇

明るいところから 暗いところに入ると
その差が大きく 見えなくなります。
しかし、反対に暗い中にいると 物が見えてきます。
俗に言う 目が慣れた状態です。

肌感覚

これは実験をしてみましょう。
どちらかの手のひらで 顔をふれる実験です。

1、片方の手のひらで顔のほっぺのところに
ベターとくっつけてみてください。

2、今度は手のひらを顔のほっぺのところに
くっつくか、くっつかないところで触れてみてください。

どうでしたでしょうか?

後者のほうがより 顔が鋭く反応したとおもいます。
これは小さい差(微差)のがより敏感に器官が反応するではないか?
と考えます。

微差を楽しむ世界  和食とタンゴ

和食の世界は、薄味でその食べ物の持っている
素材の差を味わう食事です。味覚も差が小さければ小さいほど
その差を感じられ、甘美に味わえる世界です。

タンゴはこの微差を楽しむことができるダンスです。
動きが大きいよりも小さい動きのがより
豊潤な音楽と踊りと感じられたりします。
それは前記の理由ではないかと考えます。

よく言われる Onda(波)
その オンダが激しく揺れるのではなく
おだやかに揺れるのがとても楽しいです。

ぜひ 穏やか静かに 感覚を能動的に使って
踊ってみてください。新しい世界が広がります。

この感覚は日本人が持っている繊細さに
つながっているのではないかと思います。
繊細は弱さではなく 鋭さや強さそして甘美なるもの。

この微差を楽しむ感覚を麻痺させるのは簡単です。
激しく動いたり、大きい音や激しさの光を
激辛のものを食べると感覚は麻痺します。

一瞬は祭りの楽しさがありますが、祭りのあとのように
感覚を戻すのに感覚の修復期間が必要です。

お気をつけを

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