なぜ タンゴを30代から始めたのに私がここまでこれたか?(身体を通してのシェア体験)

私がタンゴを始めたのは2001年 30歳の時です。

プロダンサーは普通、子供の頃からバレエやジャズ
日本舞踊など習い身につけ道を歩みます。
30歳というと あるダンスですと引退し
指導者として活動はじめるくらいではないでしょうか?

ちなみに、私はダンスはディスコに行ってちょっと身体を揺らすぐらいが
おちで ダンスのダの字もしりませんでした。その当時の仕事は建築関係でした。

その私が2004年からブエノスアイレスに留学し
2005年からタンゴを仕事してきました。
私がなぜタンゴで仕事にできたかを検証してます。

タンゴコミュニティー ミロンガの存在

タンゴの魔法の一つにミロンガの存在があります。
このコミュニティー(ミロンガ)があったからです。
このタンゴコミュニティーはタンゴを仕事とし生業としてご尽力された
先生方、タンゴに魅了されタンゴを楽しみ研究したアマチュアサークルの存在、
また、長年日本に来日しタンゴを伝え続けたアルゼンチン人の存在です。
多くの皆さんが作られたタンゴコミュティーの財産で
私が仕事にできたことは間違いありません。その事に感謝申し上げます。

私の最初のミロンガに来場してくれたお客さんは
ミロンガで踊ってくれた女性や話したり挨拶する男性で
全員知っている皆さんでした。ありがとうございます。

ひらめきが踊りを変える パートナー、先生方

タンゴを踊ると 万事うまくいくことはなく
悩む時も格闘してる時もありました。

その悩みや解決は徐々に解決するのではなく
一瞬のひらめきで解決します。
その一瞬は前触れなく急に訪れます。

その一瞬を生み出しているのが教えてくれる先生や練習してくれた
パートナーの存在があったからです。

一瞬には多くの情報がつまって生まれてきます。
クラスや練習を通しての知識、体験、技術の情報です。
バラバラだった点が、ふと見ると大きな
絵や地図になっている感覚です。
悩んでいる時が嘘のように、解決しステップアップできました。
これはパートナーや先生という存在が居たからできたものです。

先生、パートナーの皆さんに感謝申し上げます。

タンゴを踊ったくれた皆さん

ミロンガで女性と踊ることも勉強になりました。
一人の女性と踊ることは、その人の学んだことや経験、知識
また人の持つ素晴らしさをダイレクト共有する体験です。
よく言われる「シェア」の共有を
実際に身体するダンスが「タンゴ」でもあります。
タンゴを踊ってくれました女性の皆さんに感謝申し上げます。

タンゴの魔法 身体を通してのシェア

踊ることによって シェアされる情報量は莫大な情報量です。
一人で勉強するには何十年とかかるものでしょう。
その情報を一瞬で共有出来る「タンゴ」だから
ここまでこれたと考えます。

タンゴコミュニティーを通じて
タンゴを踊りシェアをする。
またタンゴを学ぶにあたって
先生やパートナーとシェアする。

これがタンゴの魔法です。

このタンゴの魔法があったから
30歳でダンスをはじめここまでこれたと考えます。

この魔法はおおくの応用ができる考えます。
タンゴセラピーもこの一部ではないでしょうか?

最後に家族と仲間

タンゴの魔法以外にも多くの仲間の助けがありここまでこれました
ミロンガのお手伝い、会場の手配、助言、苦言、
アドバイス、無理なお願いに対して協力をしてくれた皆さん
感謝申し上げます。
家族はいつもドアの影で見守ってくれる大きな存在です。

こうしてみると
多くの影響を受けてここまできました。歩んでいるのは自分の道ですが
その道は多くの人の情報と知識、体験、助けでできています。
そのことを勉強できたのは「タンゴ」という踊りです。
タンゴはペアという最小限のユニットですが
そこから受ける影響は計り知れません。

タンゴを踊るということは 人と人生をシェアすること。
皆さんもシェアしてみませんか?

GYU

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