【No.29】タンゴ大学途中経過ご報告!

ブエノスアイレス ニュース

最近、また雨が多いブエノスアイレスです。
その雨の中、なんとか続けて大学に通っています。

もうすぐ1年生の前期の授業が終わります。
そこで、今回は、途中経過(私の中で、まだ明確になっていない部分があるため)をご報告させていただきます。

 

タンゴの概要と大学におけるタンゴの捉え方の特徴

今年の3月から開始された授業は、前にもお伝えしましたとおり、1週間に4日、1日3時間で11科目が、実施されています(演劇のみ2時間)。

授業を受け始めた当初は、バラバラにみえていた各授業の内容が、4ヶ月経った今、頭の中で少しずつ結びついてきました。

どの科目もタンゴに関連する内容なので、自然な現象なのですが…そこで、私なりに頭の中に出来上がった、タンゴの概要と大学におけるタンゴの捉え方の特徴をまとめてみたいと思います。

この図だけでは、あまりに概念的過ぎてご理解いただけないかもしれませんので、具体的な例を用いて、少し補足させていただきます。

 

まず、大学におけるタンゴの捉え方の特徴は、音楽としてのタンゴの発展過程と踊りとしてのそれを分けて教えていることです。

これは、2つの間に時間的なずれがあることによるものと考えられます。
もちろん、音楽と踊りは切っても切れない密接な関係が存在しているという前提で授業は進められますが、その方が、分かりやすいということなのだと思います。

 

タンゴという音楽が始めてこの世に生を受けるのは、いろいろな説がありますが、カンドンベ、ポルカ、ワルツ、ミロンガ等の影響を受けた後の1880から1890年後半と言われています。

それに対し、踊りとしてのタンゴ(その当時は、まだタンゴという言葉が使われていなかったので、コルテ、ケブラーダ、フレーノス、とかパラーダと呼ばれていたようです。)は、それよりも早く(移民が始まったころ)から進化が始まっていたようです。

 

大学としては、踊りとしてのタンゴは、黒人系の労働者の間で踊られていたものと、ヨーロッパから中産階級が持ち込んだものが融合してできたという説に統一されています。

各々の踊りには、現在のタンゴに引き継がれている様々な理論やテクニックがちりばめられていたようです。

例えば、ディソシアシオン(英語では、ディソシエーション:上体と下半身を逆の方向に動かすことによりバランスを維持するテクニック)は、もともと、アフリカの踊りに備わっていたとのことです。

 

また、ミロンゲーロのお爺ちゃんがよく話していることですが、昔は、地域ごとにエスティーロ(踊り方)が、違いその地域の名前がついていたそうです。

これは、ヨーロッパからの移民が、それぞれの村で発達させた社会コミュニティーで、踊っていたためと思われます。

現在では、名称のうえでは、ほとんど淘汰されてしまいましたが、サロンスタイルの代表的なVilla Urquiza(ウルキサ村)という名称もその名残りのようです。

 

今回はいつもより長くなってしまいましたが、踊りとしてのタンゴの理論やテクニックの1つ1つが、こうした歴史に紐付けられたものであることを知るのも楽しいことです。

日本の皆様にも是非ご理解いただけたらと思います。

 

 

ブエノスより

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